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2009年9月 5日

いよいよ旅立ちです

 放浪の旅と云ってもいいような韓国巡礼の旅に出かけてきます。

 若者についていけずに早々にギブアップするかもしれませんが、皆に迷惑をかけずに微力ながらお手伝いも出来て、少し心の通いがあるような旅にしたいと思ってます。 帰ってくる頃の黒姫は一面銀世界かもしれませんね。

*トップページに表示しましたように、当ブログシステムに不具合が生じた場合はご容赦下さい。*

半島へふたたび

2009年9月 2日

お母さんあなたの名前は何ですか?

 韓国巡礼のレジメを見直していたら、正木高志さんの詩のページがあったので、ここで紹介しよう。

 お母さんあなたの名前は何ですか?

 正木さんの最近の著作「蝶文明」を読めば、この詩の具体的な意味が理解できると思う。

お母さんあなたの名前は何ですか?

 自室の棚に BETWEEN FATHER SKY AND MOTHER EARTH というネイティブ・アメリカンの音楽を集めたCDがある。 Native Fluteやドラムの音、インディアンの歌声が聞けるものだが、このCDのタイトルも「母なる大地」となっており、大地が恵みを与えてくれる母という思考はどちらの世界も同じだということなのでしょう。 昔は国とか国境という概念はなかったわけで、正木さんが言われるように、カーペット(国境)を取り払い大地に戻る(自然回帰)ということは、母親の懐に戻ることにも相通じるのでしょう。

Between Father Sky and Mother Earth

2009年9月 1日

巡礼の旅を始める

walk9

 2006年にフランスのサンジャ・ピエ・ド・ポーからサンティアゴ・デ・コンポステーラまで800kmを、翌2007年にはル・ピューイ・アン・バレーからサンジャ・ピエ・ド・ポーまで740kmを歩いたが、今回は韓国1500kmに挑戦することにした。

 2ヶ月前の6月に、正木高志さんという方の講演会に行き、日本人の殆どは韓(朝鮮)半島からの渡来人であり、半島から文化や信仰(神話)が伝わって来たこと、明の国に対し国力を示すために古事記や日本書紀が記され、その内容に信憑性がないこと、また、江戸時代の国学者本居宣長が記紀解読のなかで皇国史観という概念を作り上げたこと、そしてそういう思想の元に先の侵略戦争が行われたこと、等々をうかがい、日本と韓国がいつまでもいがみ合うのではなく、アジアの中心になって平和の礎を築かなければならないと思った。

 日本の国土の、日本海側の多くの場所には原子力発電所が建設されているが、北朝鮮ばかりでなく中国やロシアなどと争いになれば、まずこういった原発を彼らは狙うであろう。 そうなると、チェルノブイリの例を見るまでもなく、日本列島は未曾有の被災地となる。 誰も住めない死の島になるかもしれない。 そう聞くと一般には、「だから軍備を強化して自衛隊の戦力を充実させる必要がある」と言うだろう。 しかし、北朝鮮がロケット実験をすると発表した時の自衛隊の慌てようは、本当に国防を担う力があるのか疑問に思えて仕方なかった。 いくら精度の高いミサイルを装備したとしても、所詮機械は計算通りには動いてくれないもの。 その合間を縫って、相手のミサイルが日本の原発施設をねらったら、もうそれだけで日本は不随状態になってしまう。

 そこで平和外交が必要となるのである。 日本には憲法9条という立派な条項があり、これを御旗に我々は武力を使わないと顕示すれば、そこには自然と安全な国と国の関係が出来上がるものである。 アジアの平和は、まず日本と韓国から作りあげようと、そのきっかけになるよう、今回の韓国巡礼Walk9が企画され、我々もそれに参加することにしたのである。

 韓国巡礼Walk9は、韓国に木を植え(自然回帰)、憲法9条の理念を広め(自分達の手で勝ち取る)、旧日本軍による先の侵略戦争への反省と謝罪をすることで、韓国の仲間たちと一緒にアジアの平和作りに参画しようとするもので、企画の中心は30歳前後の若者達である。 我々は一番の年寄りになろうが、既に巡礼体験はあり、皆と協力してこの旅を成功させたいと考えている。 と云っても長丁場なのでアクシデントやギブアップがあるかもしれない。

walk9

 したがって、トップページの「お知らせ」に記したように、このブログへのエントリーはしばらく休止し、コメントやトラックバックへの対応は出来ません。 そして、家庭用のパソコンをサーバとして使用しているため、いつ不具合が生じるか分かりません。 ライブカメラと同様に、急に停止することも考えられますので、ネットで開けなくなったら、そのような事態になったのだとお考え下さい。

2009年8月 4日

仙台を日帰り

 昨日は仙台と云うよりむしろ宮城を日帰りして来ました。 東京から仙台までは新幹線で2時間ほど、それからさらに高速バスで向ったのは水田が広がる地域で、食牛であろうか仙台牛の飼育も盛んな所であったようだ。 こちらも雨が多くて気温があがらず稲穂の付きがあまり良くないとのこと。
 所要を済ませて家に帰り着いたのは23時過ぎ。 行きも帰りもサラリーマンが乗る通勤電車に久しぶりに乗りましたが、あの混雑では不快感ばかりでなくイライラ感もつのるばかりでしょう。 他人には無関心でゲームや携帯電話に興じたり惰眠を貪ったり、そういう人々が今の日本社会を支えているのでしょうが、所得税、住民税、国保、健保、消費税等々の大きな負担を背負っているのに、政治に無関心では世の中は良くなりっこないと、混雑した車内のサラリーマンを見て思った次第です。

仙台七夕

2009年7月11日

ビデオ映像をiPhoneへ

iphone gion

 iPhone/iPod Touch用の有料無料のアプリは相当数あるようで、日毎その数を増しているので良いアプリを探すのはなかなか骨である。 無料でも侮れないアプリがあったり、有料なのに仕様通りに動かないもがあったりで、特に有料アプリは見た目に良いと思われても、そう安々と購入するわけにはいかない。 そんな時ありがたいのは、人柱になって下さる方のブログでの講評やアプリ特集を組むIT関連サイトでる。
 そんな中で結構面白いというか笑えるアプリがよくあり、その一つが擬音というアプリ。 女性であれば分かるものだが、会社のトイレなどに音姫という流水音発生装置が設置されていることがある。 使用中の音を消したいと何度も水を流す使用者が多いため、流れる音を擬似的に鳴らして節水しようというものだが、同様の音を発生させるのがこの擬音というアプリなのだ。 iPhoneのスピーカーでどの程度の音量が、また効果があるのか分からないが、発想としては大変面白いと思う。

 さて、先日、iPhoneカメラで動画を撮ってみたが、結構良い画像が撮れた。 普通の携帯電話に比べ画面サイズが大きく画質なども満足いくものであった。 そこで、昨年11月に、長野・黒姫間をSL D51が走った時に撮影したビデオをiPhoneに組み込めないかとフリーソフトを探してmp4形式にエンコードし、iTunesのムービーフォルダーに入れたら、意外に簡単にiPhoneで見られてしまった。 当初のビデオカメラで撮ったと同じ縦横比で画質音声ともに満足いける画像であった。
 そこでついでにフラッシュ形式に変換してブログにも載せてみようと思ったのだが、久しぶりの動画掲載で設定やスクリプトが分からなくなり、あちこちのサイトを覗いてはテクニックを調査した。 しかし、画像が表示されなかったり、表示されてもリピート再生になってしまったりと、悩み続けること度々で今日になってしまった。 ということで、昨年撮影した時には動画のエンコード方法がわからず写真だけを掲載していたので、今日あらためて動画を載せてみた。

 しかし、うまく行くと思うと再び難問が発生し、再構築の際にスクリプトの一部が消えてしまっていることが分かった。 まだまだ悩みは続きそうだ。 ← 編集時、リッチテキストモードにすると一部スクリプトが削除されてしまうようだ。

◎南仲町の踏切にて

◎古間北交差点跨線橋下にて(長野へ戻る)

◎コメリ駐車場にて

◎戸草トンネルにて

◎古間駅にて(長野へ戻る)

2009年7月 6日

「劒岳 点の記」を見る

 今日は、評判が良いと聞いたので、映画「劒岳 点の記」を観てきた。 原作は、新田次郎の同名小説で、明治40年、陸軍の元、正確な日本地図を製作するため、測量の基点となる三角点を前人未踏の剣岳山頂に設置する人々の姿を追ったものであった。(映画では、四等三角点といっていた)
 初めから終わりまであまりに綺麗というか素晴らしいパノラマ風景が写り、画面送りを一時停止してほしいと思うことがたびたびであった。 あんな厳しい自然での撮影が本当に可能であったのか疑い、コンピュータグラフィックで合成しているのかなと思っていた所(ロープが切れて滑落する部分はそうかもしれない)、帰宅して公式サイトを見たら、2年間3000mの高地に俳優・スタッフが実際に登って撮影したとのことであった。 零下30度の雪原での撮影や、朝4時から5時間も6時間もかけて登っても天候が良くならず撮影中止となったこともあったらしい。 大変なご苦労があったおかげで、実に素晴らしい映画が出来たのかもしれない。 そんな撮影秘話などは公式サイトで分かるので、次のバナーをクリック。

剣岳

 この公式サイトのページから頂いたスクリーンダンプが次の写真だが、1枚目にある「誰かが行かねば、道はできない」という言葉や、「未踏の山へ登るのが目的ではなく、そこで何をするかが大事だ」という意味の言葉に感ずるものがあった。
 新田次郎の著作には以前から興味はあったのだが、数年前に息子が実に意味のない本を書き、それがベストセラーになったというので冷水をかけられたように関心を失っていた。 この映画をみて考え直そうと思っている。

剣岳から 剣岳から 剣岳から 剣岳から 剣岳から

 出演の、浅野忠信、香川照之、そして夏八木勲が良かった。 行者に扮した夏八木は存在感があったと思うが、それに対し宮崎あおいはこの映画に相応しくない。 映画の終演に、キャストやスタッフの名前や名称が出るが、この映画では「仲間たち」と表されていた。 こういう細かな所にも監督の気配りがあるのだろう。
 ユーチューブで剣岳を検索したら、この5月に登られた方の動画映像があったので併せて残しておこう。 その方のサイトはこちらトップはこちら)です。

2009年6月26日

Finger Lakesにて

 ナイアガラ瀑布見学の翌日は、五大湖とは反対に位置するFinger Lakesという場所を訪ねた。
 その名の通り五本指の形をした細い湖が続く地域で、周辺はワイン造りが盛んな所でぶどう畑がどこまでも続いていた。 季節外れであったのであろう、開いているワイナリーは少なかったが、試飲を頼むとあれもこれも飲ませてくれて際限がない。 日本のワイナリーだと舐める程度の量しか出なかったり、逆に料金を取る所もある。 彼らは自信を持ってワイン造りをしているのだろう。 色々試飲して気持ちが大きくなってしまい、1ケースも買ってしまったが、輸入関税の関係でその後小分けにして日本へ持ち帰った。 アメリカのワインって、あまりピンと来ないかもしれないが、地元で造って地元で出荷しているものは、スペインやフランスなどと同様に実に美味しいと思う。 輸入品は酸化防止剤など薬品が入るので、当然のこと味が落ちるわけだ。


大きな地図で見る

 

Finger LakesにてFinger LakesにてFinger LakesにてFinger Lakesにて
Finger LakesにてFinger LakesにてFinger LakesにてFinger Lakesにて
Finger LakesにてFinger LakesにてFinger LakesにてFinger Lakesにて

2009年6月25日

ナイアガラ滝

ナイアガラ滝

 5年前の卒業式の翌日、五大湖にあるナイアガラ滝を見学に出かけた。 五大湖は上流(左上)から、スペリオル湖、ミシガン湖、ヒューロン湖、エリー湖、オンタリオ湖という名だそうで、下流のエリー湖とオンタリオ湖の間を流れる川がナイアガラ川であった。 そこにナイアガラ滝があるそうだが、展望台に立つとあちこちに滝が見えて、どれがナイアガラ滝なのか、あるいは総称した名なのか分からなかった。 カナダ側に大きな建物がいっくつかあったので、その前辺りがナイアガラ滝なのであろう。
 遊覧船に乗ると、薄いビニールの合羽を渡されるが、滝の真下まで来るので、舞った水しぶきをもろに受けて頭から足先までかなり濡れてしまった。 顔についた水分をなめるとかなり塩気があったように記憶している。

ナイアガラ滝にてナイアガラ滝にてナイアガラ滝にてナイアガラ滝にて
ナイアガラ滝にてナイアガラ滝にてナイアガラ滝にてナイアガラ滝にて
ナイアガラ滝にてナイアガラ滝にてナイアガラ滝にてナイアガラ滝にて

2009年6月24日

5年前のアルバムから

卒業式

 そろそろ黒姫ではが乱舞しはじめる頃だと思うが、梅雨が明けないとなかなか出かける気になれず、従いここに記す話題もあまりない。 そこで数年前のアルバムを残そう。

 欧米の6月は卒業シーズンであるが、5年前の6月我々も卒業式に出席するためにアメリカへ出かけた。 場所は大西洋側のボストンから左へ視点を移した五大湖近くの町で、コダック発祥の地だとかゼロックスの本社があると聞いたが、繁華街はなく、だだ広い道路と住宅地が続くばかりで、車がないと陸の孤島にいる(生活が出来ない)感じの町であった。
 少し大きめのBBに宿泊したのだが地図も交通機関も全く分からず、送り迎え付きで学内を案内してもらった。 アメリカの卒業式や式後のパーティーを垣間見たわけだが、まぁ映画やニュースで見るような風景とあまり違いはないので目新しさはなかった。 ただ名前が呼ばれる成績優秀者の中に日本人は実に多くいた。 しかし、式後のパーティーとなると日本人の学生は壁の華で踊りの輪に入らず、一人父親が日本人だという二世がパートナーをみつけダンスを楽しんでいた。
 5年前でも日本から来た一部の卒業生は仕事が決まっていなかったようだが、昨年から今年にかけての経済情勢では特別のルートがなければそう簡単に就職先は見つからないであろう。 日本の大手金融機関は表向き人材採用をしている振りをしていても現実には門戸を閉ざしているらしい。 まぁ、それでも余裕のある企業は、この際に能率の悪い職員を解雇し優秀な人材を求めようとしていると聞く。 しかし、そういう枠は少ないだろうし、キャリアの(少ない)ない卒業生にとっては今年は一番の茨の年だと思う。 彼らは、景気回復を一番に望んでいると思うが、はたして日本の大臣はこのような雇用状況を真に理解されているであろうか?(下段の写真の半旗は、レーガン元大統領の死去・葬儀のため)

RochesterにてRochesterにてRochesterにてRochesterにて
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2009年6月22日

北海の海産物が届く

 グーグルなど検索サイトからのロボットサーチを許したら1時間毎にタグキーを使って見にきていることがログからも分かるのだが、そのおかげか本ページの右サイドにあるブログ検索をすると、比較的上位に当ブログの記事が見つかった。
 このロボット検索による当システムへの過重が気になっていたが心配することはなさそうだ。 しかし、毎週実施しているアンチ・ウイルス・ソフトによるディスクサーチ時はCPUのパフォーマンスが落ちるようで、かなり反応が悪くなる。

Google Blog Serch

 さて、年が明けて6月位までの期間、都心のデパートなどでは北海道や九州などの特産品を売る催事がよく行われている。 こういう催事には2通りあり、デパートなどが業者を厳選し真に良い特産品を売る現地業者を集めているのとは違って、所謂催事屋と言われる業者が適当に「○○産」とか「北海道××展」と銘打って売るような催事もある。 そんな催事だと、実際の原産地はどこだか分からず品質もいい加減だ。 「生キャラメル」などは殆どが本州産である。

 我々が行く催事場は当然厳選された売場だが、それも個人的に紹介された店しか行かない。 そんな形で紹介された業者の一つが、北海道枝幸町北海風(きたかいふう)おがわである。 この4月には茹でたばかりの毛蟹を送ってもらい、身も味噌も沢山に詰まった、重い蟹を随分と堪能したが、今回は一夜干しの身欠きニシンぬか漬けさんまなどである。 今、旬であるウニは漁の関係で明後日届くようだ。 ここのほたての貝柱さくらますの開きも実に美味しい。 とにかくその美味しさが違うのである。
 いつもは積丹のウニしか食べていないのだが、奥さんからは是非枝幸のウニを食べに来てほしいと言われている。 しかし、枝幸町は北海道の北端・宗谷岬の手前で、札幌からバスで5時間、乗車賃5800円の地だから、すぐに行きましょうというわけにはいかない。

海産物

 所で、北海道には「えさし」と呼ぶ町が2つ(たぶん)あり、もう一つは函館の左上の日本海側に江差町がある。 江差音頭や幕末の軍艦”開陽丸”で知られた所で、こちらは4年前に一度訪ね、やはり海の幸を堪能した。

開陽丸
江差の繁次郎

 

2009年6月17日

ふるさと 心の風景

 郵政民営化や「かんぽの宿」など郵政資産の廉価払下問題、さらには障害者団体の郵便料金割引制度の悪用など、郵政にかかわる政治案件が目白押しだが、どの案件も政治家や一部経済人、利益団体を利するために行われると同時に、政治担当能力の無くなった与党とこれに拘泥する高級官僚が野党を追い落とすために恣意的な画策を行っている。 小沢氏の政治献金問題も今回の厚生労働省局長による証明書問題も、与党議員の周囲を掘ればいくらでも同様の事象は出るものであろう。 総務大臣であった鳩山氏の意思を的確に活かせば、次の総選挙への不安もなかったろうに、今や与党は泥沼の中で深みに落ちないように必死にもがいているように感じられる。

 さて、趣味というほどでないが、中学生の頃から郵便切手の蒐集を行っていたが、たびたび記念切手が発行されるし資金的にも続かなくなて止めていた。 しかも、昨今蒐集家が少なくなり旧い切手の価値が額面を割るようになってしまい寝かしておいても意味がないので、日本を代表するような絵柄のものは海外へ出す郵便物に使っていた。
 そんな中、先日、郵便局で、「ふるさと 心の風景」と題した、原田泰治さんの作品を使ったシートを見つけた。 原田さんの絵はどれも故郷を思い起こすような懐かしく心休まるものである。 早速、その切手を購入したのだが、勿体無くて使えない。 使わないと郵便事業に寄与(寄付)したことになるのだが、そうやって未だ切手を買う人は多いであろう。 そこまでしているのに、郵政民営化の影で金稼ぎをする者(一例:オリックス)がいたり、膨大な郵政資産をアメリカの軍事費の元になる米国債購入の原資にするなど、一小市民としては国民不在の郵政に憤りを感じてしまう。

 諏訪湖畔にある原田泰治記念館は一度訪ねたいと思っているが、サイトを見たら今春「春の風景」というシリーズが出たと記載され、原田泰治さんの個人サイトにも詳しく出ていた。
 今回購入したものをイメージにしてみたが、切手とはいえ作品だし有価証券なので複写は問題あろうと思い、どことなく絵柄が分かる程度に回転縮小し、しかも日本郵便や金額の文字を消してみた。

夏の風景

2009年6月12日

穴子寿司

 総務省の鳩山邦夫大臣の辞表(更迭)が今日の昼過ぎに発表された。 法務大臣の時には死刑執行に数多く承認し(死刑制度を容認できない自分はこれに憤りを感じていた)、「死神」と揶揄された鳩山氏だが、郵政の民営化にともなう「かんぼの宿」などの民間への払い下げに疑義があると大変に頑張られていたが、アソウタロウ総理大臣の指導力の無さか、はたまた闇にうごめく蛆虫どもの力に負けたのであろうか、絶対に辞めないと言っていたが結局は更迭されてしまった。 数百兆円という郵政資産をアメリカが食い物にしようとし、それに乗ったのがコイズミやタケナカで、経団連のミタライやオクダなども含まれるであろう、そんな流れに竿をさしたのが鳩山邦夫氏で実に勇敢な人物だと応援していたのだが非常に残念な結果になってしまった。
 これでアソウの無能さがより鮮明になったし、再び与党への支持率が減り政権交代への弾みがつくのではないかと思う。 先ほどテレビニュースで見た鳩山氏には慙愧に耐えない表情をされていた。 いっそうのこと、自民党を飛び出し兄由紀夫の動きに合流すれば良い。 そうすれば政権交代は確実になり官僚政治の終焉も現実味が出て来る。 植草一秀氏のブログでは、この更迭を「法治国家の否定」だと記している。(アクセス数が多いのかニフティーが通信規制しているのか、先ほどなかなか開けなかった)

 さて、昨日は所要で東京・荒川区へ出かけた。 午前中降っていた雨は早々と止んで午後から青空が見えていた。 そして帰宅時に案内してもらったのが、谷中商店街の一角にある「鮨 乃池」という寿司屋さん。 谷中というと谷中墓地しか思いつかないのだが、東大や根津神社、上野の森からも近く、昔は文人も多く住んでいた場所らしい。 店構えは昔のままのようで懐古の情に浸れるようにも思えた。
 ここで食べられる穴子寿司は実に美味しい。 長年つかっているであろうタレと一緒に穴子を煮込んでいるのか分からないが、柔らかくすっと喉を通ってしまう。 あっという間に一人前を平らげてしまった。 すましも実に良い出汁とりができていていい。

穴子寿司

 往年の美少女に囲まれ、一人日本酒を飲んだが、肴として頼んだ「タコふっくら煮」(料理名に確信なし)が面白い。 煮タコに小豆餡がのっているのである。 甘辛両刀遣いのための料理かなと思ったら、蛸を柔らかく、しかも良い色を出すために北海道の小豆と一緒に炊いているとのこと。 小豆をそのまま捨てるのは勿体ないと、餡にして煮タコとあわせだしているとうかがった。 意外にこれが美味しいのであった。
 夜遅い時間だったので長居ができなかったが、次回千駄木近くに来た時は再び訪ねたい店であった。

タコふっくら煮

 

 


大きな地図で見る

 

 訪ねた建物のベランダから撮った川。 これが荒川だと思ったら隅田川で、荒川はさらに左手奥で川幅ももっとあるようだ。

荒川

2009年6月10日

あじさい公園を散歩

 iGoogleに鉄道の運行情報を貼り付けていた所、今朝信越本線で遅れが発生していたと表示されていた。 早速、JR東日本のサイトを見たら黒姫・妙高高原間で事故があったようだ。 重大な事故でないことを祈りたい。

JR事故

 さて、先日、黒姫山中のタケノコが届いたと記したが、今日は、フキ、ワラビ、ルバーブが信濃町から届いた。 しばらく留守をしているからと送ってもらえたものだが、5月に我々が採った時と比べるとどれも立派に成長している。 ご好意に感謝したい。

 所で、今日の夕方、何気なくNHKテレビを見たら、ゆうどきネットワークという番組で5時40分頃から53分までの間、中野市のアスパラガスを特集していた。 中野インター近くの野菜売場オランチェの店内の様子を伝え、アスパラ農家のアスパラ料理も見せていた。 アスパラ煎餅アスパラ卵丼という料理であったが、本当に美味しいのか少し疑問に感じた。 先日、北海道のアスパラが届いたと記したが、アスパラは茹でてそのまま食すのが一番美味しい食べ方だと思う。

 今日は短い話題ばかりだが、午後から近くのアジサイ公園へ散歩に出た。 数は多いが、セイヨウアジサイとガクアジサイばかりであまり面白みはない。 良い色だなと思ってシャッターを押すが、あとで見ると、花弁や葉に茶色や黒い点や汚れがあって、残したい写真は少ない。 どういう撮り方をすれば良いのか試行錯誤の連続である。 因みに、「紫陽花」という字は中国ではアジサイと全く異なる別の花を意味するものらしい。

あじさい
あじさいあじさい
あじさい
あじさいあじさい
バラ

2009年6月 5日

「私の夫はマサイ・・・」を読む

私の夫はマサイ戦士

 今日は、「私の夫はマサイ戦士」という本を読んだ。 著者は、海外旅行の添乗員を職業とされている永松真紀さんという方で、アフリカのケニアに魅せられ、観光客ではなく生活者として滞在する中で、マサイ族エウノトという儀式を訪ねる。 マサイ族には少年期から最長老期まで5つの節目があり、その節目ごとに儀式が行われるらしい。 永松さんは、そのエウノトでジャクソンという男性に巡り会うのだが、凛々しい戦士の姿に憧れ再会をはたす。 しかし、ジャクソンは村の長老と合議し、永松さんを第二夫人として迎える話を持ち出す。

 添乗員の仕事からケニアに魅せられた状況を淡々と描写し、首都ナイロビからバスで1日以上もかかるジャクソンが住むエナイボルクルム村の生活、一夫多妻制度のこと、セックスのことなど日本(あるいは西欧)との違いなども書かれており、ある意味では理にかなった成熟した社会(村)のようにも思えた。 第一夫人との関係も良好だと、日本でもよくあった(ある)本妻と妾という関係とは全く異なるらしい。 特に、

愛 = 信頼

と彼女が述べているくだりは、日本など先進国の人々が忘れてしまった、逆に斬新に感じられる部分ではないかと思った。 彼女は、村に専用の住まいを持ちながらケニアを中心に添乗員の仕事を続け、日本に帰っては講演などを行っているらしい。 彼女のホームページがあった。 彼女のスタディーツアーやCDによる収益で、村の生活向上や子供達の教育に力を入れたいという、牛貯蓄プロジェクトを展開している由。

2009年6月 3日

いざ!鎌倉

根曲がり竹

 今日、黒姫山麓で採れたタケノコが届いた。 既に初物は頂いているし、タケノコ採りの苦労は分かっているつもりなので、こんなに大量に頂くと恐縮してしまう。 早速、お礼の電話を入れると、「たまたま余ったから」と控えた言葉が返って来た。 その気持ちに感謝し、夕食は天ぷらか味噌汁か、はたまたタケノコご飯か、美味しく頂くことにしよう。

 さて、常住場所では、梅雨を前にして紫陽花の開花が聞こえている。 そこで昨日は良い天気に誘われ、鎌倉のあじさい寺を訪ねた。 鎌倉のあじさい寺といえば、北鎌倉にある明月院が有名だが、この時期はたいそうな人出で写真を撮る状況にないので、ここ数年訪ねたことはない。
 もっぱら長谷界隈が中心で、昨日は成就院光則寺を訪ねた。 他に長谷寺御霊神社もあるが今回は省略し、極楽寺は、門前のアジサイはほとんど咲いておらず境内での撮影ができないので訪ねない。
 全体としては時期が少し早かった。 成就院の階段脇の花は時期であればふっくらとした花と、遠くに由比ガ浜の海岸が楽しめるのだが、開いた花はわずかであった。 光則寺のアジサイはとにかく種類が多く覚えきれないほどである。 そのためか手製の境内図と花名を記した印刷物が置かれてある。 以前に訪ねた時、住職の奥さんであったと思うが、新種が見つかると苗を持って来て下さる方がいるらしく、こんなにも増えてしまったと仰っていた。

鎌倉にて
鎌倉にて
鎌倉にて
鎌倉にて
鎌倉にて
鎌倉にて

 成就院もそうだが、光則寺の紫陽花の開花を最近NHKが放送したらしく、以前訪ねた時と比べると年を経る毎に花を愛でる人だけでなくカメラマンも増えて来ているように感じた。 今回数ある中で覚えたのは、八重のドクダミとエイザンスミレ(たぶん)であった。
 それにしても久しぶりに鎌倉の町中を歩いて空き地が増えているのに気がついた。 観光地化した町に嫌気がさしたのか、はたまた世代交代の中で遺産分割や納税のため家屋を売却してしまったのか、虫食いのように永く住んでいたであろう住民が去ってしまったようである。 まず鎌倉ホテルが無くなっていたし、建売住宅用の土地が散見されたり、葬儀場が出来ていたりで、半世紀前の鎌倉を知る身としては、自分の幼い時代へ戻る手立てがなくなったように感じられた。

鎌倉にて鎌倉にて鎌倉にて鎌倉にて
鎌倉にて鎌倉にて鎌倉にて鎌倉にて
鎌倉にて鎌倉にて鎌倉にて鎌倉にて
鎌倉にて鎌倉にて鎌倉にて鎌倉にて
鎌倉にて鎌倉にて鎌倉にて鎌倉にて
鎌倉にて鎌倉にて鎌倉にて鎌倉にて
鎌倉にて鎌倉にて鎌倉にて鎌倉にて

 光則寺の花々を楽しんで帰りがけた所で悲しい場面に遭遇してしまった。 次の写真はエイザンスミレという名であったと思うが、1cmにもみたない小さな可愛らしい花で形がウサギに似ているのでよく観察してほしいと拡大鏡が置いてあった。 しかし、奥の土牢を見て戻ってきたらその拡大鏡が無くなっていたのである。 そして山門を出る際花々の維持に100円の芳志をお願いしたいという表示を無視して入って行く人がいた。 綺麗な花々の中に醜い心の存在が具間見え、町並みの風景と共に残念な思いをした鎌倉行きであった。

エイザンスミレ?

2009年5月17日

岡部伊都子回顧展

 今朝、京都で開かれている岡部伊都子回顧展から家内が帰って来た。 岡部伊都子さんの著作については家内はかなり以前から読んでおり、自分はそれを傍から眺めていただけの存在であったが、家の建替えなどのため彼女の著作はほとんど処分してしまっており、今となって家内はかなり残念な思いでいる。

 岡部さんの思考の原点は、「お国のためには自らの命も問わない」と婚約者に強く言うことにより、先の大戦で死なせてしまったという痛恨の極みから始まっている。 負傷した婚約者は沖縄の連合軍上陸に伴い、仲間の足手まといにならないためにと自害したとのこと。 岡部さんの著作は130数冊あるらしいが、その主なものはウイキペディアでも知ることができる。

 今回いただいてきた案内を一覧にしよう。

旧宅

 今回の回顧展にあわせ、岡部伊都子さんの旧宅を生前に買い取った料亭が建屋の公開と昼食を提供してくださると、これにも家内は出かけ、しかも近所に住む方から岡部さんの日常生活をうかがうことができて、今回は十分に満たされた京都行きであったようだ。 なお、講演会では、上田・無言館の館主である窪島さんのお話も聞いて来ている。
 その細かい内容をここに記しても仕方ないので、岡部さんの旧宅の写真を少し載せておこう。

岡部伊都子旧宅岡部伊都子旧宅岡部伊都子旧宅
岡部伊都子旧宅岡部伊都子旧宅岡部伊都子旧宅

 その料亭は先斗町で卯月という店や大原にも店を出されていると、とても庶民が行けるお店ではなさそうだが、吟味された京料理なら一生に一度は行ってみたい。
 なお、京都の土産といえば八つ橋や漬物が有名だが、今回は進々堂というパンと阿闇梨餅を入手して来た。 阿闇梨餅は求肥が入っているような延びのある薄皮に餡が入っているものだが美味しく、また進々堂のパンは素材の良さが十分に感じられる。 奇をてらわずに素材の旨みで焼き上げているようで、全国見回しても数少ないパン屋さんだと思うが、残念ながら東京圏にはお店がない。

2009年4月19日

ぼたんが咲く

 八重桜がたまに見られるほどに殆どの桜の花は去ってしまったが、近くのお寺さんの境内では牡丹の花が満開になっている。 大柄な花なので開いてしまうと、何かくたびれた感じで被写体にはなりにくい。
 雨で傷まないように少しでも花を持たそうとする苦肉の策がビニ傘であった。

 さて、黒姫の桜はそろそろ満開になるであろうか? 間に合うと良いのだが。

牡丹が咲く境内

2009年4月 7日

写真展 BON(盆)へ

写真展 友人が所属しているカメラ・グループの先生が、ペルーへ移住・移民された日本人一世を撮りためた写真展があるというので桜見物をかねながら出かけた。

 写真展の会場は、横浜MM地区の駅から10分ほど歩いた所で、JICAビルの一室で海外移住資料館がある所であった。
 展示してある写真はすべてモノクロで、移民一世の年輪を十分に感じさせるもの。 会場に入ると、かつて移民船が着いたという桟橋の跡で、今は朽ちた柱しか残っていない浜辺の写真が右手に置かれ、左手には案内状にも印刷されている、お盆法要で祈る老人の姿が懸っていた。 どの写真も開拓などのご苦労が偲ばれるものであったが、写っている人たちは殆ど他界されているらしい。

 写真会場は、海外移民の100年を詳細に展示している資料館の一角で、資料館には、県別の出身者数から始まり、海外での農作業や生活などを、レプリカや映像で分かりやすく展示・解説していた。 移住した中には、いわゆる負け組となった人たちもいたことであろう。 写真展ともども、同胞として身につまされるというか、彼らの心に触れざるを得ない心境になった。

 その写真展へ行く途中に、周辺の桜風景を撮ってみたのが次の写真。 どの桜もすでに満開で場所によっては花吹雪が始まりそうな気配すらあった。 桜の花を楽しむ頃に収穫できるからか、あるいは桜色という色からであろうか、サクラマスや桜エビ、サクラダイなどとサクラを冠した名は多い。 これほどに桜は日本人の心情に合う花なのだが、最近の吉野桜は色あせたものが多いようだ。 害虫その他の要因で今の時代の桜も長生きできないらしい。 桜の花を楽しめるのは1年に1回。 自分に残された人生を考えると、あと10回か20回か、それとも数回しか見られないか誰にも分らない。

桜 桜 桜 桜
桜 桜 桜 桜
桜 桜 桜 桜
桜 桜 桜 レンガ倉庫
桜 桜 桜 桜

2009年4月 6日

お花見に出かけた

 土日を外せば花見客は少ないのではと思って、今日は晴天に誘われ念願の花見に出かけてみた。 しかし、いざ近くの名所へ行ってみたら、皆さん同じように思って来ているのであろうか、たいそうな人出であった。 カメラをかかえた人、絵筆をとる人、座り込んでピクニックする人、それぞれが思い思いに桜の風景を楽しんでいた。
 食事のあとは、タンポポやヨメナ、セリなどの採取にしばし時間を忘れてしまった。

桜桜桜桜
桜桜桜桜

2009年4月 4日

花より団子

 黒姫の桜の見ごろは20日頃であろうか、今年は雪が少なかったから、あるいはもう少し早いかもしれない。 今年は桜もこぶしも見られないかもしれない。
 そんな折、常住場所近隣では桜が満開になり、今日は友人に誘われお弁当を持ってお花見に出かけることとなった。 しかし、いざ出かけてみたら空は曇って強い風も吹き、どことなく雲行きが悪そうになってきたので友人宅へ直行し、遠くの山のどことなく赤味を帯びた辺りが満開の桜ではないかと思いつつ、夜まで友人と杯を傾けてしまった。

2009年3月30日

仙台日帰行

 昨日は所用があって仙台まで出かけた。 東北新幹線に乗るのは今度で2回目で、東北地方にはこれまでほとんど縁がなかったが、息子がそんな稀有な機会を作ってくれた。
 東京駅で乗った車両は人出の時間を過ぎていたのであろう、空いている席の方が多かった。 ただ気になったのはかなりの音量の車内放送。 最初は乗車間違いをする乗客が多いので注意を喚起するためかなと思ったら、発車してからも同様で車掌さんにボリュームを下げるように頼んだ。
 数日前に都内の電車に乗った時、若者のヘッドフォーンから洩れるリズム音が尋常でなく、周りの人達は異様な顔をしていた。 注意して音量を下げてもらったが、「そんな音量ではあなたの耳にも悪いよ」と言うと、「もうすでに耳は壊れている」と返して来た。 難聴になるのはある程度歳を重ねてからであろうが、その時に後悔しても遅い。
 日本人は音に対しあまりにも鈍感すぎると思う。 人間が作り出す音や音量は必要最低限で良いはずだ。 ランニングやサイクリングをしている人でもヘッドフォーンをかけている姿をよく見かけるが、もっと自然のうつろいを感じながらの方が精神的にもリフレッシュできるのではないかと思う。

 さて、そんなことで仙台へ向かったのだが、現地での用件は数時間で終わって、再び新幹線に乗り東京へときびすを返した。 以前は古川市と云ったと思うが、現在の大崎市には大正デモクラシーの旗手吉野作造を記念した博物館があると知ったが、残念ながら訪ねる時間がなかった。 次の機会にしよう。
 ところで、仙台で知られている土産といえば、萩の月、蒲鉾、ずんだ餅などが挙げられるが、今回はボイルしたホヤを買い求めた。 ホヤはあまり食をそそるような色・形をしていないが大層美味いと思う。 少し油臭い感じもあるが、酒の肴にはなかなかの一品。 そんな小さな楽しみを発見した今回の日帰行であった。

ホヤ
ホヤ

2009年3月10日

カトリック妙高教会

 昨日、赤倉観光リゾートから宿へ戻る途中、岡山館という旅館の正面で、木造の良い雰囲気の教会があるのに出会った。  逆に、国道18号線から赤倉へ向かう際には、田切の信号で真っ直ぐ上って来ると、やがて左手に見えて来る。 この教会のことは人伝に聞いてはいたが見るのは初めてで、ここがカトリック妙高教会であると分かった。 ここは高田教会の巡回教会だとのことで普段は不在だが、施錠されておらず聖堂内部に入れることから、近所の信者さんが管理されているのか、あるいは教会の奥に保養施設があるようなので、そちらを含め管理されている方が居られるのかもしれない。

 オイルステインを塗ったようなこげ茶の太い木が柱や梁として組まれており、木材が温度変化で収縮するのであろう、パチというような音が聞こえていた。 最近の建設なのであろう汚れ一つもないように思われた。 聖心女子大の渡辺和子さんの講演会やバロックトランペットとオルガンコンサートの催しの告知など、各種パンフレットなども置いてあった。 周囲は温泉街であり観光地であるので、結婚式などにも使われるのかもしれない。

妙高教会
妙高教会
妙高教会
妙高教会

スキー教室に入る

妙高山

 燕温泉に一泊してスキー教室に入って来た。 20年近く前、四十の手習いでスキーを始めたものの、自己流の滑り方をし、しかも1年に1回ほどのスキーでは上達することもなく今日に至っていた。 今回は誘われるままに参加して、二日にわたって宿のご主人がつきっきりになって教えてくれたのだが、二人して覚えの悪い生徒に大変往生されたのではないかと思う。
 ゲレンデは赤倉観光リゾートスキー場。 まずは基本形のボーゲンから。 スキーはボーゲンから始まってボーゲンに終わるそうだ。 そして、「右→立つ 左→立つ」という、ターンの都度中心に立つという意識が必要だと言われた。 そして呼吸法が大事だと。 こんなことは一般の教室では教えられない項目であろう。

ゲレンデから

 ゴンドラで上がって行くと眺望が開け、正面には斑尾山、右手に野尻湖、遠くには野沢温泉や新潟の山々が見えて来た。 左手遠くには日本海が見えることもあるそうだ。 携帯電話のカメラでしか写せず、広大な峰々を明瞭に撮れなかったのが残念であった。

ゲレンデから

 今年はこちらも温暖化による小雪であったようで、実際の積雪は1mほどではないかと思われた。 気温が高いのでゲレンデの雪はシャーベット状態で、ちょっと気を許すと逆エッジになってしまう。 来年はもう少し雪面の良い時期に来て滑ってみたい。

 泊まった燕温泉のスキー場は既に閉鎖されており、旅館も数軒営業をやめたと、ここにも不況の嵐が吹いているようだ。 間もなく南からツバメが渡って来るのだが、産まれたての卵やヒヨをカラスが食べてしまうそうで、年々渡って来るツバメの数が減少していると聞いた。 都会ばかりでなくこんな山奥ででもカラスによる被害は大きいようだ。

2009年1月15日

東京の夜はかん(寒)じる

 今日はいくつか所用をこなすために東京へ出かけた。 その一つが原宿にある笹和紙のお店であった。 家内は何度も足を運んでいたが私が訪ねるのは初めてで、もう一度一人で行けと言われるとたぶん難しいほど込み入った場所にあった。 笹和紙の製品はどれも衛生的で殺菌力があり、しかも保温性に優れていることもあって重宝しており、特に5本指の靴下は随分と使ってきた。 今日は腕や足を暖めるレグウォーマー(製品名は?)などを買い求めてきた。
 熊の縫ぐるみは赤ちゃんの玩具には最適だと思う。
 帰りが夜になってしまい、ビルの間を吹く風は冷たく、外苑の銀杏並木の斜め前にある蕎麦屋へ暖を取るために入った。 ここはしばしば訪ねているが、奥さんが気さくに話しかけてくれ、ついつい燗酒を所望してしまった。

笹和紙
笹和紙
渡辺

2008年12月31日

大晦日の東京を訪ねる

今日は、正月早々海外の赴任先に戻る息子ともども東京の別の息子宅を訪ね、一足早い正月を済ませて来た。 デパートの食品街は大変な混雑で、どこに不況の風が吹いているのかと思わせるものがあったが、さすが都心はガラガラの態を示していた。
 青山一丁目にある本田自動車のショールームも普段なら車やバイクが所狭しと飾っているが、今日は寒い風が吹き抜ける場となっていた。

本田自動車ショールーム前
本田自動車ショールーム前

 先月神宮外苑の銀杏並木の撮影のために出かけた時にも記したが、再び青山墓地近くのショコラ・シックのケーキを頂いた。 ここ数日はあまり体重のことは考えないようにしよう。

ショコラ・シックのケーキ